東日本大震災 発災3周年

築100年被災した土蔵U.jpg2014年3月10日 21:49                フォトはクリックで拡大→ 

 明日(3月11日)、【東日本大震災】発災から3周年を迎えます。
それは海岸及び福島第一原発から60kmも離れて被害が少なかった小生にとって、今となっては短い期間に感じられます。しかしながら発災により何もかも失った方々にとっての3年間はどのようなものだったのでしょう。
我が家は、ふくしま県中通りに位置し物的被害や精神的被害は大きいものではなかったと思います。
それでも、築100年目の土蔵は地盤沈下で傾き、昨年4月に取り壊しました(解体費用;300,000円。両親が住んでいる「隠居」と農作業所の棟瓦が落下、この修理に約200,000円、母屋の床が陥没、この修理費用に約400,000円、墓地修理に約100,000円、合計約100万円以上の支出が発生致しました。
そのほかまだまだありますが、自宅廻りの塀などの修理は出来そうにありません。贅沢は後回しです。
でも、浜通り8市町村の家族を失う、家屋を失う、仕事を失う、何もかも失った方々と比べたらまだまだ平穏だと思います。

癒されることが無い悲しみ、やり場の見つからない怒り、絶えることが無い不安、どのような思いで暮されていることか?


■当時のこのようなことが思い出されます。
 震災から数日後「隣村の平田村が浜通りからの避難者を受け入れている」との情報をラジオから得ました。
我が玉川村は避難者受け入れに慎重でありましたがお隣の平田村のスピード感には感心感銘してしまいました。
当時、90袋ほどお米在庫がありましたので。平田村役場にお米の提供を申し出ました。
担当者は「上司に相談します」としましたが、その後、平田村役場より辞退の電話がありました。
結局は小生米はお役にたて無かったのでした。


 あれから3年経ったのです。震災前に13,000円/30kgで販売していました【農薬・化学合成肥料不使用コシヒカリ】。そのお米も今では9,600円!今思えば多くのお客様が去っていきました。
昨今の農業情勢からみても回復は無理だと思っています。今後は品質を落とさずのコスト削減米作りを模索していきます。
それしか生きる道は無いと考えております。また戻ってきてくれることを祈念しながら今年の春も「特別栽培米」及び「有機栽培米」を作付けするのです。
頑張らなきゃ!浜通りの人々を思うと、住むところがあって耕す田畑があるのですから!まだまだ救われているのですから・・・。

この記事へのコメント
この記事へのコメントをご記入ください。
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

(ブログ管理者が承認したコメントのみ表示されます)
この記事へのトラックバックURL
http://www.blogdehp.net/tb/15038197
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
(当記事へのリンクを含まないトラックバックは受信されません。)
▲このページのトップに戻る